産業雇用安定助成金とは?
対象や申請方法、雇用調整助成金との違い

出向元・出向先への助成金額や助成に必要な出向期間について解説

2023/02/14

産業雇用安定助成金は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた事業主に対して設けられた助成金制度です。

この記事では、産業雇用安定助成金制度の目的や対象事業主、助成条件について紹介します。また、申請の流れや申請時の注意点などについても見ていきましょう。

産業雇用安定助成金の目的

産業雇用安定助成金は、「新型コロナウイルス感染症の影響下での労働者の雇用維持」が目的の助成金です。事業主が新型コロナウイルス感染症によって事業活動を一時的に縮小せざるを得ない状況となり、自社の労働者を一時的に他の事業主に出向させた場合、出向元・出向先の事業主双方に交付されます。

産業雇用安定助成金の受給にあたり、事業活動を縮小した事業主から、労働者を受け入れる事業主への出向を行います。これは、出向期間終了後に出向元への復帰を前提とした、「在籍型出向」と呼ばれるものです。

産業雇用安定助成金と雇用調整助成金の違い

コロナ禍において広く利用されてきた「雇用調整助成金」は、労働者への休業手当を支給することによって事業主の雇用維持を支援する助成金です。しかし、休業させた労働者のモチベーション低下や、そのまま退職してしまうなどの懸念も生じます。

これに対し、産業雇用安定助成金は、労働者の出向による事業主の雇用確保を支援する助成金です。労働者は新たな環境で労働するためモチベーションを保ちやすくなる他、出向先は他社から労働者を受け入れることで組織が活性化するといった効果が期待できるのです。出向元としてみれば、労働者がIT企業に出向し、出向で得たスキルを活かして、復帰後はDX(デジタルトランスフォーメーション)担当として活躍するといった流れも考えられるでしょう。

ちなみに、両方の助成金の同時受給はできませんが、労働者を一時的に休業させて雇用調整助成金を受給し、その後に出向させて、産業雇用安定助成金を受給することは可能です。

産業雇用安定助成金の対象

在籍型出向 出向先と出向元は出向契約。出向元と労働者は雇用関係。労働者と出向先は雇用関係。出向イメージ

産業雇用安定助成金は、労働者の出向支援に関する助成金制度です。ですから、労働者を雇用している事業主、あるいは労働者を受け入れる事業主が対象となっています。労働者を一人でも雇用していれば、従業員20人以下の中小企業や個人事業主のようなスモールビジネスでも、産業雇用安定助成金を受給することは可能です。

実際のところ、厚生労働省の「産業雇用安定助成金 出向実施計画届受理状況 新しいウィンドウで開く」(2022年2月)によると、事業規模別では中小企業から中小企業への出向が最も多く、全体の4割以上を占めています。出向元の最多は運輸業・郵便業で、出向先の最多は製造業です。また、異業種への出向割合は6割以上でした。

産業雇用安定助成金の内容と助成率

産業雇用安定助成金は、出向前の「出向初期経費助成」、出向中の「出向運営経費助成」、出向後の「出向復帰後訓練助成」という、3つのタイミングで支給されます。

ここでは、各タイミングで支給される助成金の内容と助成率について解説します。

出向初期経費助成

出向初期経費助成は、出向前に必要な措置を行ったときに受給できる助成金です。出向前に必要な措置とは、下記のとおりです。

出向前に必要な措置

  • 就業規則や出向契約書の整備
  • 出向元:出向者に出向に際してあらかじめ行う教育訓練
  • 出向先:出向者を受け入れるための機器や備品の整備・購入

これらの経費を補填する意味で、1人あたり一律10万円が支給されます。一定要件を満たす場合は、さらに1人あたり一律5万円が加算されます。

注意したいのは、同じ企業グループ内への出向に関しては対象外であること。ちなみに教育訓練については、当初eラーニングは出向初期経費の対象外でしたが、現在は対象となっています。

出向運営経費助成

出向運営経費助成は、出向中に必要な経費の一部を助成するもので、具体的には賃金や教育訓練、労務管理に関する調整経費などへの助成です。

助成額は、1人1日あたり上限1万2,000円(出向元・出向先の合計)となります。なお、「労働者の解雇を行っているか」によって、助成額に対してどれだけ助成されるかは異なります。詳細は下記のとおりです。

中小企業の出向運営経費助成率

条件 助成率
出向元が労働者の解雇などを行っていない場合 10分の9
出向元が労働者の解雇などを行っている場合 5分の4
  • 同じ企業グループ内の出向では3分の2

例えば、出向元が労働者の解雇を行っていない場合、出向中の労働者に必要な経費のうち10分の9が助成され、出向元・出向先事業主は10分の1を負担します。

なお、ここでいう中小企業は、次に該当する企業を指しています。

雇用関係助成金における中小企業の定義

業種 資本金額・出資額の総額または常時雇用する労働者数
小売業(飲食店を含む) 資本金5,000万円以下または労働者50人以下
サービス業 資本金5,000万円以下または労働者100人以下
卸売業 資本金1億円以下または労働者100人以下
その他の業種 資本金3億円以下または労働者300人以下

ちなみに、出向中の経費支給期間は、これまで最長1年(365日)でしたが、2022年10月から拡充され、最長2年(730日)へと延長されています。

出向復帰後訓練助成

出向復帰後訓練助成とは、出向先から出向元へ復帰した労働者に対して、出向において新たに得たスキルや経験をブラッシュアップさせる訓練を行った際に、訓練に必要な経費と訓練中の賃金の一部が助成されるものです。この助成については、出向元のみ対象となります。

経費助成は実費(上限30万円)で、賃金助成は1人につき1時間あたり900円(上限600時間)です。出向から復帰後3か月以内に訓練を開始する、訓練期間は6か月以内に行うなどの要件があるので注意が必要です。

なお、eラーニングでの訓練は、賃金助成を受けられません。

産業雇用安定助成金を受けるための要件

産業雇用安定助成金を事業主が受給するために、出向元は「雇用調整の実施」を行っていること、出向先は「解雇等や雇用量の減少がない」ことを満たすなど、一定の要件を満たす必要があります。詳細は「産業雇用安定助成金ガイドブック 新しいウィンドウで開く」(厚生労働省)に記載されていますが、ここでは主な要件を確認しておきましょう。

売上高・生産量(生産指標)が一定以上減少していること

産業雇用安定助成金は、新型コロナウイルス感染症の影響で事業活動の一時的な縮小(雇用調整)を余儀なくされた場合に利用できるものです。「経済活動の停滞により、資材が調達できずに生産活動が滞った」「客足が減った」など、新型コロナウイルス感染症の影響を受けたことを説明する必要があります。「円安で利益が減った」といった内容は、助成対象になりません。

この、事業活動の縮小を具体的に示す要件は、下記のとおりです。

受給に必要な生産量要件

売上高・生産量などの事業活動を示す直近1か月の「生産指標」が、前年同月または2年前同月、または3年前同月に比べ、5%以上減少していること。あるいは、計画届提出月の前年同月から計画届提出月の前々月までの間の適当な1か月の値に比べ、5%以上減少していること。

仮に、開業1年未満のスモールビジネスでも、生産指標が2か月~1年前の間の1か月と比較し、5%以上生産指標が減少しているといった要件を満たせば、産業雇用安定助成金の対象となるのです。

出向期間は1か月以上2年以内であること

産業雇用安定助成金は、雇用調整のための労働者の出向期間が明確に定められており、その期間内で出向を実施した事業主に助成金が支給されます。これまでは最長1年(365日)でしたが、2022年10月より最長2年(730日)へと拡充されました。

実際には、中小企業は1~2か月、長くても6か月程度の出向が多いようです。あまり出向期間が長期にわたると、労働者の同意を得にくいことも影響していると考えられます。

玉突き出向ではなく、出向期間終了後には出向元に復帰すること

出向先が自社の労働者を解雇したうえで、出向元から労働者を受け入れるといった「玉突き出向」では、産業雇用安定助成金は受けられません。出向元が新たな従業員を雇用し、もともとの従業員を出向させるケースも同じく助成の対象外です。

産業雇用安定助成金においては、出向元にある労働者としての籍を維持したまま、出向先で勤務する「在籍型出向」が基本です。出向期間が終了すれば、出向元に復帰するのが前提となっています。

出向する労働者に出向前とおおむね同額の賃金を支払うこと

出向する労働者の賃金は、出向前段階と比較して85~115%の範囲とすることが要件となっています。

出向中の賃金に対する助成金(出向運営経費)の上限は、1人1日あたり1万2,000円です。1か月で20日稼働した場合、助成額は24万円になります。

つまり、賃金が助成額を上回ることのない労働者の出向であれば事業主の自己負担額は抑えられるものの、賃金が高い労働者の出向では、事業主の自己負担額が増加します。このような理由から、比較的賃金が低い若手の労働者が出向対象として選ばれる傾向があるようです。

労使間の協定が締結されており、出向する労働者本人の同意を得ていること

産業雇用安定助成金は、労働者雇用の安定を図ることが目的です。ですから、出向にあたっては労使間で事前に協定を締結し、協定にもとづいて行われる必要があります。

労使協定では、出向する時期や期間の他、出向中や復帰後の処遇、在籍型出向であること、出向期間中の賃金、労働条件などを定めて協定を結びます。当然、出向する労働者本人(出向前日まで6か月以上、雇用保険の被保険者であること)の同意が必要です。

通常の配置転換の一環として行われる出向とは異なること

産業雇用安定助成金で当初は認められていなかった子会社間などの企業グループ内出向は、2021年8月から助成対象となりました。ただし、これも新型コロナウイルス感染症の影響による雇用維持が目的であり、通常の配置転換として行われる出向と区分された出向であるなどの要件を満たす必要があります。

また、同じ企業グループ内出向で認められるのは、出向運営経費のみです。

産業雇用安定助成金を受給するまでの流れ

スモールビジネスが出向元として、産業雇用安定助成金を申請し、受給されるにはどのような手順が必要なのでしょうか。ここでは、産業雇用安定助成金を受給するまでの流れを確認します。

産業雇用安定助成金を受給するまでのながれ 1. 出向先を見つける 2. 出向元・出向先間の契約、労働組合などとの協定締結、出向予定者の同意 3. 計画届提出 4. 出向実施(3か月間~2年間) 5. 支給申請・助成金受給 6. 支給期間延長届提出(6か月ごと) 7. 復帰後訓練計画届提出 8. 復帰後訓練の実施

1. 出向先を見つける

産業雇用安定助成金は、出向元・出向先の双方があって成り立つ制度です。スモールビジネスにとって最大のハードルは、出向先を見つけることでしょう。

出向先の見つけ方としては、取引先や同業者からの紹介などが考えられます。出向先とのマッチングを支援してくれる支援機関として、公益財団法人産業雇用安定センターを活用する方法がおすすめです。

産業雇用安定センターは出向支援・コンサルティングを無料で行っており、Webサイトでは、出向元・出向先の検索や登録も可能です。

また、経済産業省関東経済産業局と各都道府県、労働局、産業雇用安定センターなどが連携して運営している「広域関東de人材シェア! 新しいウィンドウで開く」では、広域関東圏(茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟、山梨、長野、静岡の各都県)における、人材マッチングのサポートを受けることができます。

2. 出向元・出向先間の契約、労働組合などとの協定締結、出向予定者の同意

出向元と出向先の事業主の間で、出向契約を締結します。双方で出向期間、出向中の労働者の処遇、賃金、賃金の負担割合などを取り決めます。その後、労働組合などとの協定を結び、出向予定労働者の同意を得てください。

3. 計画届提出

出向元と出向先が作成した計画届を、出向元が都道府県労働局またはハローワークへ提出します。提出期日は可能であれば出向開始日の2週間前、あるいは前日までです。

4. 出向の実施(3か月間~2年間)

計画届にもとづき、出向を実施します。助成金の支給期間が6か月以上となる場合には、出向元が支給期間延長届を提出します。

5. 支給申請・助成金受給

支給対象期間末日の翌日から2か月以内に、支給申請書を提出します。出向初期経費を申請する場合は、その出向者にとって初めての支給申請の際に申請します。申請後、労働局による審査を経て、出向元・出向先それぞれに助成金が支給されます。

6. 支給期間延長届提出(6か月ごと)

助成金の支給期間が6か月以上の場合、出向元・出向先が支給期間延長届を作成します。延長希望日の2週間前、あるいは前日までに都道府県労働局またはハローワークへ提出してください。

支給期間の延長届提出時には、引き続き生産量要件(出向元)や雇用量要件(出向先)などの要件が審査されます。以後、6か月ごとに延長届を提出すれば、支給期間を延長可能です。

7. 復帰後訓練計画届提出

出向元が復帰後訓練計画届を作成し、訓練開始日の2週間前、あるいは前日までに都道府県労働局またはハローワークへ提出します。

8. 復帰後訓練の実施

出向から復帰した労働者に対して、復帰後訓練(Off-JT)を実施します。次のいずれか、または両方によって行うOff-JTが対象です。

復帰後訓練の内容

  • 事業所内訓練で出向元が自ら主催し、事業所内において集合形式で実施する訓練
  • 事業所外訓練で、公共の職業能力開発施設、学校教育法上の教育機関、各種学校、専修学校、認定職業訓練施設、その他事業主団体等が主催している訓練

9. 支給申請・助成金受給

出向元は、復帰後訓練計画終了日の翌日から起算し6か月以降、当該日から起算し2か月の間に、支給申請書を都道府県労働局またはハローワークへ提出します。審査後、支給申請書にもとづき、出向元に助成金が支給されます。

産業雇用安定助成金申請時の注意点

産業雇用安定助成金を申請する際には、いくつかの注意点があります。最後に、注意すべきポイントを見ていきましょう。

助成対象外となる労働者がある

産業雇用安定助成金においては、下記のような労働者を出向させても助成対象外ですので、ご注意ください。

産業雇用安定助成金の対象外となる労働者

  • 雇用6か月未満の雇用保険被保険者
  • 解雇予告されている労働者
  • 退職願を提出した労働者
  • 事業主による退職勧奨に応じた労働者
  • 日雇労働被保険者
  • 他の助成金支給対象の労働者

玉突き出向は行わない

産業雇用安定助成金受給を目的に、出向先が労働者を解雇し、出向元から労働者を受け入れるといった玉突き出向は、助成金対象となりません。

注意したいのは、解雇はしていないとはいえ、「退職勧奨」をしていた場合も助成金が受けられない点です。退職金割り増しなどの措置を講じて退職させたケースにおいても、助成対象外となります。

出向契約時に禁止事項を盛り込んでおく

出向元の技術やノウハウが、出向先に流出してしまう可能性もあります。現実的には若手労働者の出向が多い傾向があり、技術やノウハウ流出の危険性は決して高いわけではありません。しかし、念のため、技術やノウハウの流出につながるような行為に関して、出向契約の禁止事項として記載しておくのが安心です。

税金や保険料の扱いを知っておく

産業雇用安定助成金は、その他の助成金と同様に課税対象となります。受給した事業主が法人の場合は法人税、個人事業主の場合は所得税として扱われます。

ちなみに、労働者が加入している社会保険料は通常、労使折半で半額を事業主が負担していますが、出向後も継続されます。ただし、出向中は社会保険料の一部を出向先に負担してもらうことも可能です。

出向元が倒産した際には出向自体が無効になる

労働者が出向している間に出向元が倒産した場合には、出向そのものが無効となります。出向者はあくまで出向元の労働者であるため、倒産に伴い、整理解雇されることになるでしょう。

この際、産業雇用安定助成金は打ち切られますが、出向先はすでに受け取った助成金の返還を求められることはありません。

産業雇用安定助成金を機に事業主として成長しよう

コロナ禍においては、事業活動の縮小を余儀なくされる事業主も少なくありませんでした。一方で、労働力不足に悩む事業主もいます。産業雇用安定助成金は「在籍型出向」を行うことにより、出向元は労働者の雇用を維持できて、出向先は労働力を臨時的に確保できるという双方のメリットを生み出す助成金制度です。

新型コロナウイルス感染症に対応した制度である以上、助成金制度自体の存続も気になるところですが、2022年12月現在において、当面は終了の予定はないようです。中小企業に評価の高い産業雇用安定助成金によって、労働者の雇用確保・継続はもちろんのこと、出向によって労働者のスキル向上や職場の活性化など、プラスアルファの成果も得ていくようにうまく活用しましょう。

産業雇用安定助成金の相談先としては、東京の場合だとハローワーク助成金事務センター 新しいウィンドウで開く(助成金担当:03-6893-1100)が挙げられます。また、厚生労働省では、申請などの問い合わせ先としてコールセンター(0120-603-999、午前9時~午後9時)を設けているので、利用してみてください。

申請にあたっては、出向1~2か月前から準備が必要です。支給申請書類の作成や手続きも煩雑で難度も高いため、スモールビジネスであれば社会保険労務士に依頼することをおすすめします。

監修者:西田周平(人事コンサルタント)

有限会社人事・労務 新しいウィンドウで開く チーフ人事コンサルタント。日本大学法学部卒業後、食品メーカーを経て現職。従業員が500人を超える会社から数人の会社まで、幅広い企業のES向上型人事制度作成に数多く携わる他、多くの労働基準監督署の是正勧告対応などの労務トラブルに対応。その経験から、リスク管理に長けた就業規則を作成するなど、中小企業の人事・労務に精通。執筆や講演も精力的に行っている。

監修者:伊藤将人(社会保険労務士)

社会保険労務士法人TECO Consulting 代表社員。ESコモンズ(有限会社人事・労務 新しいウィンドウで開く 主宰)メンバー。大学卒業後、社会保険労務士の資格を取得。東京都内の社会保険労務士事務所で約3年間、HRテックを活用したバックオフィスDXのコンサルティング経験を積む。その後、上場準備中(N-2期)のベンチャー企業に参画し、上場審査に向けた労務管理体制の構築を行う。現在はベンチャー企業を中心に、バックオフィスDXをメインとした人事労務コンサルタントとして独立。

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